サッカーのブラジル代表はなぜ黄色いユニフォームなの?

まずは30秒で、答えをお伝えしますね。ブラジル代表は、1950年まで白いユニフォームでした。そのあと1953年に新聞社が新しい図案を公募し、国旗の色を使った若者の黄色いシャツが選ばれました。それが1954年から着られ、いまの黄色い代表ユニフォームになりました。

昔の代表は白いユニフォーム
ブラジル代表といえば黄色いユニフォームですが、昔から黄色だったわけではありません。ブラジルサッカーの資料をまとめているサンパウロのサッカー博物館(Museu do Futebol)によると、黄色になる前の代表は、白いユニフォームで試合に出ていました。
1953年の図案コンテスト
転機は、ブラジルが自国で開いた1950年のワールドカップでした。リオデジャネイロのマラカナン競技場で、ブラジルはウルグアイと大一番を戦い、初優勝の夢は先に延びました。そのあと、1953年に、リオデジャネイロの新聞「コレイオ・ダ・マニャン」が、代表の新しいユニフォームの図案を公募しました。ブラジルのスポーツ紙ランセによると、この新聞は当時の協会(CBD)と協力していました。条件は、国旗の4つの色、つまり緑、黄、青、白を使うことでした。

選ばれたデザイン
数百の応募の中から選ばれたのは、アルジール・ガルシア・シュレーさんが考えたデザインです。シュレーさんは、ウルグアイとの国境に近いブラジル南部で暮らした人でした。デザインは、カナリア色の黄色いシャツに、えりと袖口は緑、パンツは白い線の入った青、靴下は白という組み合わせでした。国旗にある4つの色が、すべて入っています。
1954年から黄色いシャツ
新しいユニフォームは、1954年に初めて着られました。シャツの黄色は、条件だった国旗の色のひとつです。それ以来、カナリア色の黄色いシャツはブラジル代表の顔として、世界じゅうで知られるようになりました。
もっと知りたい
- 優勝したシュレーさんは、賞金と、新聞社での研修の機会を得たと、ブラジルの新聞ジョルナル・ド・ブラジルが伝えています。
- シュレーさんは、その後、作家、翻訳者、大学の先生として活躍し、12冊以上の本を出しました。

3択クイズで確かめよう
ブラジル代表の黄色いシャツはどう決まった?
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- 新聞社の図案コンテスト
- 選手たちの投票
- 協会の役員の話し合い
新聞社の図案コンテスト 1953年に新聞社が図案を公募し、国旗の色を使った若者のデザインが選ばれました。
1953年に新聞社が図案を公募し、国旗の色を使った若者のデザインが選ばれました。
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- The History of the Canarinho Shirt: How the yellow-gold came to dress BrazilMuseu do Futebol (Football Museum, São Paulo)(英語)
- Por que a Seleção Brasileira usa camisa amarela?Lance!
- Morre Aldyr Schlee, criador da camisa da seleção brasileiraJornal do Brasil
内容は 2026-10-03 時点で上の資料を確認して書いています。研究が進んで説明が変わることもあります。写真のクレジットは各写真の下にあります。



