ピニャータはどこから来たの?

中国からイタリア、スペインを経て伝わったという説が語られています。順に見てまいりましょう。ピニャータは、中国からイタリア、スペインを経てメキシコへ伝わったという説が広く語られています。ただし、出典によってはイタリア発祥と説明したり、メキシコの古い壺の風習を元と見たりして、説は分かれています。はっきり一つの国で生まれたと言い切れない道のりです。
お菓子の入った割る入れ物
ピニャータは、目隠しをして棒でたたき、割ると中からお菓子が出てくる、紙や土でできた入れ物です。どこで生まれたかについては、中国からイタリア、スペインを経てメキシコに伝わったという道すじがよく語られますが、出典によって説明が違います。
中国かイタリアか、説が分かれる
メキシコ外務省の領事館が出した広報誌には、中国で新年のお祝いに使われていたという見方が紹介されています。マルコ・ポーロがその習慣をイタリアに伝えたと信じられているとも書かれています。一方、アメリカの大学の歴史サイトには、中国の動物の形の紙細工に種を詰めてたたく遊びが元だという紹介もあります。ただ、カンザス州の歴史協会のように、16世紀の初めごろにイタリアで始まったと説明する資料もあります。
名前のもとはイタリア語
イタリアでは、つるした土の壺を目隠しで棒でたたく遊びがあり、その壺を「ピニャッタ(pignatta)」と呼びました。この言葉が、スペイン語の「ピニャータ」のもとになったといわれています。スペインでは、キリスト教の四旬節(復活祭の前の期間)の最初の日曜日が「ピニャータの日曜日」とされ、この日に壺を割る習慣があったと紹介されています。
メキシコへの伝わり方
メキシコに伝わった時期は、はっきりした記録がないとされています。ただ、メキシコ外務省の領事館の広報誌は、1586年にアコルマン(今のメキシコ州)の修道士たちが、クリスマス前のミサの中でピニャータを紹介したと伝えています。このミサは、のちに「ポサダ」というクリスマス前の行事になりました。一方で、アステカやマヤの人々にも、ひもでつるした土の壺を目隠しで割る遊びがあり、それが元だと考える歴史家もいます。


七つの角の意味
星形で七つの角があるピニャータは、七つの角が「七つの大罪」を表し、棒でたたいて割ることがそれに打ち勝つ意味だと、よく説明されます。ただしこれは広く伝わる説明で、すべてのピニャータにあてはまる決まりではありません。
もっと知りたい
- カンザス州の歴史協会によると、スペイン語の「ピニャータ」は、土の壺ではなく、壺を割る遊びそのものを指す言葉でした。
- 同じ資料によると、イタリアのトスカーナ州では、灰や水やお菓子など、中身が違うピニャータを3つつるす風習もあります。

3択クイズで確かめよう
ピニャータはどこから伝わったといわれる?
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- 中国からヨーロッパ経由
- ブラジルから世界へ
- インドから中東経由
中国からヨーロッパ経由 中国からイタリア、スペインを経てメキシコへ伝わったという説が広く語られています。ただし説は分かれています。
中国からイタリア、スペインを経てメキシコへ伝わったという説が広く語られています。ただし説は分かれています。
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- Las piñatas: Símbolo cultural mexicano (Boletín Cultural, noviembre-diciembre 2012)Consulado de México en Fráncfort(メキシコ外務省)
- PiñataKansas Historical Society(Kansapedia)(英語)
- Piñata [Object]Children and Youth in History, Roy Rosenzweig Center for History and New Media, George Mason University(英語)
内容は 2026-10-03 時点で上の資料を確認して書いています。研究が進んで説明が変わることもあります。写真のクレジットは各写真の下にあります。



